2015年04月22日

忘れるモノと記憶にあるモノ



2月に実家で祖母とゆっくり話をした。

「がんばってるんか」

「忙しいんやな」

「漫才してるんか」

僕に聞いてきたり、僕がばぁちゃんに聞いてみたり。

実家に住んでいる時は、ばぁちゃんと話しをする事、ばぁちゃんと顔を合わせる事、ばぁちゃんが作る料理を食べる事など、それらは常であり日常でして、でも今は実家にいてないから、それらが困難になり、久しぶりにばぁちゃんに会うと、質疑応答形式の会話になる。

「がんばってるんか」

「忙しいんやな」

「漫才してるんか」

そんなここ数年。

そして時間は平等に流れて、諸行無常。

今日、実家に行くと、ばぁちゃんは介護用ベッドで寝ていた。

膝に水がたまって、それが原因で体調崩して、行動する事が少なくなると痴呆も進んで。

今さっきの事を忘れてしまう。

「がんばってるんか」

「忙しいんやな」

「漫才してるんか」

だから僕は何度でも答えます。

ば「がんばってるんか」
僕「なんとかね」

ば「忙しいんやな」
僕「ありがたいわ」

ば「漫才してるんか」
僕「色んなとこでしてるよ」

忘れてしまいたい事が忘れられなかったり、忘れたくない事を忘れてしまったり、人間は不器用だから美しく、時にはそれが残酷で。

僕は物事の起源や根源に興味があって「ルーツ」というものに対して、敬意があります。

宇宙の始まり。

ミトコンドリア・イヴ。

スターウォーズ エピソード4。

うまい棒の最初の味。

オナニーを広めた人。

など。

僕が今いるのは家系図がそうであったから僕がいる訳で、誰かが違ったら僕は僕でないので、池上家のルーツ、大切にします。

ばぁちゃん、また今度話すね。

ば「がんばってるんか」
僕「なんとかね」

ば「忙しいんやな」
僕「ありがたいわ」

ば「漫才してるんか」
僕「色んなとこでしてるよ」

画像は父親が畑で育てた玉ねぎとわけぎとうまい菜。
  
Posted by DNA池上 at 23:06 Comments( 0 )